僕には、霊感のようなものが少しだけあります。
幽霊が見えるとか、聞こえるとか
そんな強いものではないのですが。
その関係で、良く友人から相談を受けたりしていました。
別に僕が解決できたりするわけではないですが、
話すだけでも大分楽になるようです。

その日も、親友のKに呼び出され、
近くの喫茶店でKの知り合いの相談を受けていました。
その人はF木くんといい、真面目で人の良さそうな感じでした。

「どうしたの?今日は」
僕が聞くと、Kは周りを気にしながら、小声で話し始めました。

「わりい、A(僕の名です)ちょっとさ、見て欲しいもんがあんだけど・・・」
Kがそう言うとF木さんは、左の袖を肘までめくり上げました。

左腕の内側、ちょうど腕時計をする位置から、5センチほど肘側に、
奇妙な痣が出来ていました。

K「なあ、なんか人の顔に見えないか?」

よく見ると、確かに人の顔に見えないこともありません。
でも、霊の気配のようなものは感じませんでした。

F木くんの話によると、ぶつけた覚えもないのに急できて、
痛くもなんともないということでした。

人の顔の痣というと、映画や漫画でよく、「人面疽(じんめんそ)」
というのを見ますが、あんな感じでもありません。
その日は、きっと気のせいだろうということで、
KとF木くんとは別れました。


それから数日後。またもやKに呼び出され、いつもの喫茶店へ向かいました。
そこに待っていたのは、KとF木くんでした。
F木くんは、前に会った時よりもいくらか憔悴しているように見えました。

「どうしたの、痣消えた?」
僕が聞くと、Kは深刻な顔で首を横に振りました。
「とりあえず、見てくれよ・・・」
Kが言うと、F木くんは袖をめくりました。

「!」
そこには、人の顔がくっきりと浮かびあがっていました。

目蓋を閉じ、口を真一文字に結んだ男の人の顔です。
鼻ももりあがり、鼻腔まであります。
「なんで・・・」
僕は言葉も出ませんでした。

F木くんの話では、あれからも少しずつ痣が濃くなり、
昨日あたりからしっかりと人間の顔に形成されてきたと言います。

「A、何にも感じないのか?」

Kの問いに、僕は頷きました。

僕「霊的なものじゃ、無いのかもしれない
  医者には行ったの?」
F 「行ったけど、ダメなんです。原因は分からないって・・・
  変なでき物じゃないかって・・・塗り薬をもらっただけです。
  これでダメだったら、手術で切るって」

答える声にも張りがありません。
かといって、僕にもどうしようも無く、
調べてみることを約束し、とりあえずは帰ってもらいました。

家に帰り、色々な本を見てみましたが、
人面疽について書いた本はあっても、具体的な取り方などはありません。

困った僕は、母方の祖父に相談してみることにしました。
長野に住む爺ちゃんは、ただの農家なのですが、
そういった関係に詳しく、よくアドバイスなどをくれるのです。

「おお、Aか」
電話をかけると、すぐに爺ちゃんが出ました。
それまでの経過を話すと、爺ちゃんは相槌を打ちながら真剣に聞いていました。

話し終えると、
「Aや、その顔はもしかして、F木くんとやらにそっくりか?」
思いもしないことを聞いてきました。


「あ!」
僕は声を上げました。
たしかに、痣を見たとき、どこかで見たことのある顔だな、
と感じたのです。F木くんの顔でした。

「そっくりだ!確かにF木くんの顔だよ!」

僕が言うと、爺ちゃんはしばらく黙ってしまいました。
何か考え込んでいるようでした。

「そりゃあ、おそらく・・・ヤドリギじゃ・・・ろう。
お前じゃ手に余る。F木くんを連れてこっちに来い」
爺ちゃんは言いました。


「じゃあ、相談して今週末にでも・・」
僕が言いかけると、爺ちゃんはすぐに声を荒げて言いました。

「今週末じゃ手遅れじゃ!あれは、脳が出来てからは成長が早い。
出来るだけ早く、今すぐ来るんじゃ!」

僕は爺ちゃんの剣幕に、驚き、慌ててKとF木くんに連絡をとり、
その日のうちに長野行きの特急に飛び乗りました。

電車の中で痣を確認したところ、先に見た時よりも
さらに顔がはっきりとしてきていました。

目蓋にはまつげもあり、今にも目を開きそうです。
恐る恐る、唇を指で開けてみると、中には粒粒とした歯まで生えていました。

F木くんは、ぶるぶると震えてさらに具合が悪そうに見えました。

特急から電車、タクシーを乗り継ぎ、3時間ほどで実家に着きました。
そのころにはもう、夜の9時を過ぎていました。
実家では、爺ちゃんが馴染みの坊さんを呼んでお払いの準備をしていました。

「見してみい!」
僕らが着くなり、爺ちゃんと坊さんはF木くんの腕を見ました。

爺「やっぱり・・・」
坊「いかん、大分育っとる。
  もう、脳まで出来とるんか!」
ほかにも、僕らには分からないように小声でごそごそ話した後、
さっそくお払いに取り掛かりました。

護摩壇の前で、坊さんが読経を始めてしばらくすると。

「われ!生臭あ!
    なにしやがる!」

突然、F木くんがわめきだしました。

いえ、良く見ると、F木くんではなく、その痣がわめいているのです。
今まで閉じていた目をカッと見開き、
歯をむき出しながら、狂ったように吠えていました。

F木くんは、すでに意識がないのか、
焦点の合わない目を、天井に向けていました。

僕とKは部屋の外に出されました。
その後、読経とわめき声が延々と聞こえる中、
僕とKはまんじりともせずに夜を過ごしました。

明け方近くなると、わめき声も聞こえなくなり、
爺ちゃんと坊さんが部屋から出てきました。
F木くんは疲れて、護摩壇の前で寝ていました。
爺ちゃんは、僕とKに話し始めました。


「ヤドリギ」は「宿鬼」と書き、妖怪、物の怪といった類のものらしいです。

だから、霊的なものを少し感じる程度の僕には分からなかったとのこと。

深い森や山奥で、旅人や遭難者の傷口に種を植えつけ、
長い年月をかけて発芽する。

発芽し、しばらくは普通の青痣と見分けがつかないが、
しばらくすると徐々に宿主と同じ顔を形成する。

さらに、脳ができると、そこから髄を宿主の脳に伸ばし、
宿主の脳に取り付き、少しずつ、宿主と入れ替わると。

F木くんの場合は、脳が形成されたばかりだったので、
なんとか間に合っただろうという話でした。
昼近くに起きたF木くんの腕には、もう顔はなく、ひっつれた傷跡があるだけでした。


それから、何ヶ月かたったある日。
僕とKは、なんとなくF木くんの話題になりました。
「その後、F木くんの様子はどおだい?」
僕の問いに、Kは笑顔で答えました。
「いや、Aの爺ちゃんのおかげで助かったよ。今じゃあ、ぴんぴんしてるさ」



「ただ、あいつ。左利きだったような気がしたんだけど、
 最近右利きなんだよな・・・」